01.「魂を宿す」面打ちの魅力
2021/06/10
インタビュー:面打ち師 白井充夫さん
「能面は奥が深いから造形の中でも、もっとも難しい、だから面白い」
鴻巣にある白井さんの能面工房には、これまで制作された数十の能面がところ狭しと掛けられていました。美術大学の造形学部で培った腕を活かしたその作品は、アマチュアとは思えない精緻なもの。印刷会社で40年近く、ものづくりに携わってこられた白井さんがなぜ能面に取り憑かれたのか、その想いをお聞きしたくてご自宅にお邪魔しました。かつて私の上司でもあった白井さんは、60歳の定年後に趣味として面打ちを始めたそうです。
鴻巣にある白井さんの能面工房には、これまで制作された数十の能面がところ狭しと掛けられていました。美術大学の造形学部で培った腕を活かしたその作品は、アマチュアとは思えない精緻なもの。印刷会社で40年近く、ものづくりに携わってこられた白井さんがなぜ能面に取り憑かれたのか、その想いをお聞きしたくてご自宅にお邪魔しました。かつて私の上司でもあった白井さんは、60歳の定年後に趣味として面打ちを始めたそうです。
この道に入られたきっかけは?
企業に勤めていたときはPOP広告(店頭等で使用される立体の販売促進用ディスプレイ)の部署を立ち上げて、多種多様な素材と加工技術を使って、平面から立体的な広告物を制作して来ました。広告物って終わったら捨てられちゃうでしょ。培った技術や感性を何か形として後世に残るものはないかと思って色々探して・・・。
退職後、面打ち(伊藤通彦氏主宰の赤泥舎)と仏像彫刻の教室に通い始めました。仏像の方は4年ぐらいしか続かなくて・・・。面打ち教室を9年で独立、今年で19年になります。益々、能面の持つ造形(彫刻/彩色)+精神性(魂)の奥深しさに感心しております。
退職後、面打ち(伊藤通彦氏主宰の赤泥舎)と仏像彫刻の教室に通い始めました。仏像の方は4年ぐらいしか続かなくて・・・。面打ち教室を9年で独立、今年で19年になります。益々、能面の持つ造形(彫刻/彩色)+精神性(魂)の奥深しさに感心しております。
どのぐらいのペースで創作される?
昔は年に8面以上打って来ました。これまで能面は約55面、狂言面18面、神楽面14面、古面8面と合計、約100面の面を制作しました。最近は年に4~5面かな・・・。
始めて5年目に銀座で個展を開催した時、新聞の関東版に掲載されて、それがきっかけで江戸里神楽(若山胤雄社中)の人と知り合って、特に“増女”を気に入っていただき、それから神楽面も創って、提供するようになりました。
始めて5年目に銀座で個展を開催した時、新聞の関東版に掲載されて、それがきっかけで江戸里神楽(若山胤雄社中)の人と知り合って、特に“増女”を気に入っていただき、それから神楽面も創って、提供するようになりました。
能面公募展への出品や展示会も定期的にやっていらっしゃいますよね
アマチュアの能面公募展は全国各地(大阪、福井、金沢、大津)で毎年開催されています。公募展には毎年出品し、多数の入賞させていただいております。始めて6作目の狂言面「賢徳」が横浜能楽堂での「能・狂言面大賞2003」で入賞し、新作能「山鳥」の間狂言で使用してもらい、大変感動したのを覚えております。
個展は東京・長野/安曇野・埼玉で計5回、私が主宰する会の能面展、所属団体の能面展等に多数出展しています。
個展は東京・長野/安曇野・埼玉で計5回、私が主宰する会の能面展、所属団体の能面展等に多数出展しています。
プロの面打ち師と呼ばれる人は20人もいないそうですが、アマチュアの裾野は広い。
能面の魅力に取り憑かれたお一人として、セミプロの域にまで達した創作プロセスをさらに伺いました。
面打ちを始めた当初は造形力と技術を習得するために図面(伊藤通彦氏の図面)と写真を参考に能面、狂言面、神楽面、古面等をがむしゃらに数多く打ってきました。近年は演目を想定した面〈おもて〉の設計図面(平面図・側面図・立面図)を自ら作成してから創作に入ることが常となってきました。図面作成に際して古来の手法である面型紙(様式)や写真資料を参考に、面の造形要素である「非対称」「陰と陽」「骨格と表情筋」等を勘案し、特に表情造りで重要な要素の目・口・鼻の細部の創作は自分で会得していくしかないと考えております。
また面裏の造作を見れば創作者の力量が判ると言われています。顔との当たり具合、適度な重さ、視界の確保、声の籠らない等は演者にとって重要な要素です。演者の要求に応えられる機能美が求められます。
面打ちは全ての工程を一人で創作するのが前提で、その制作工程は木彫・彩色(日本画)・金工・漆・染色と複雑で多岐わたります。能面の創作は修業の連続と言えます。「一面でも後世に残る面」と日々精進しております。
また面裏の造作を見れば創作者の力量が判ると言われています。顔との当たり具合、適度な重さ、視界の確保、声の籠らない等は演者にとって重要な要素です。演者の要求に応えられる機能美が求められます。
面打ちは全ての工程を一人で創作するのが前提で、その制作工程は木彫・彩色(日本画)・金工・漆・染色と複雑で多岐わたります。能面の創作は修業の連続と言えます。「一面でも後世に残る面」と日々精進しております。
能楽師との交流もなさっているそうですね。
近年、演者との交流もでき、制作段階でのコミュニケーションを図り、演者の要望も考慮しながら創作を進めております。例えば夜の薪能で使うときなどは、特に(役者が能面を付けたときに)見えづらくなるからと改良したりしています。面は装束や舞台照明によって変化しますので、特に面の肌合いに関しては細心の注意をはらっております。現在まで何人かの能楽師の方々に30番程使用していただき、演者からの視点で貴重なアドバイスをいただいております。
一昨年は能狂言を70番程、観能させていただきました。
一昨年は能狂言を70番程、観能させていただきました。
仏像彫刻と違うところは?
仏像頭部(顔)は基本的に左右対称の造形。静的で厳粛・崇高な美となり、安心感や信頼感が得られますが、それに比べて非対称的な能面・狂言面は動的で自由な変化に富んだ風情、雅致、興趣などの美的効果が生まれます。適度なバランスのとれた非対称の能面は演者の微妙な所作により、無限の表情が表現できるのです。
私は能面には演者や観ている人が入り込める間(マ)というか余白が必要かと思っています。そういう意味で能面は包容力のある未完成品と言えます。能面は最終的に演者が舞台で使っていただき、その真価を発揮して完成するものと思っております。
私は能面には演者や観ている人が入り込める間(マ)というか余白が必要かと思っています。そういう意味で能面は包容力のある未完成品と言えます。能面は最終的に演者が舞台で使っていただき、その真価を発揮して完成するものと思っております。
あなたにとって能の魅力とは?
私にとって能面は究極の創作と言えます。
見識を深めてくれる「能楽」は奥深い幽玄美の表現技法の探究と発見をもたらし、我が人生をも磨く「修練の場」でもあります。
来年は傘寿を迎え、世阿弥の老後の初心を指針に、これからも創作活動を続けて行きたいと思っております。
見識を深めてくれる「能楽」は奥深い幽玄美の表現技法の探究と発見をもたらし、我が人生をも磨く「修練の場」でもあります。
来年は傘寿を迎え、世阿弥の老後の初心を指針に、これからも創作活動を続けて行きたいと思っております。
ビジネスマンを終えられて第二の人生を能面造りに捧げた白井さん。「面(おもて)を打つ」ことは心の造形そのもの、様々な経験を積まれたからこそ深い表情を創り出すのだと、お話を伺っていて感じました。
能面は異界のキャラクターを演じる役者にとって必要不可欠な道具ですが、それとともに能面には霊を憑依させる力があるとも言われています。面打ち師の魂と、演じる役者の想いが重なり合う場所が能面なのでしょうか。