能の魅力

02.「日本人の魂」着物の魅力

2021/07/04

インタビュー:和裁士 平山留美さん

私は仕事柄、これまで多くの着物屋さんとご縁がありましたが、お仕立て屋さんには一度も会ったことがありませんでした。一級和裁技能士という資格を持ち、40年近く着物を仕立ててこられた平山さんに、小売店から独立して着物文化を広める現在の活動に至った半生について、お話を伺いました。

 

今のスタイルにシフトしたきっかけは?

10年前まで小売店の下請けとして仕立ての仕事をしてきましたが、納期に追われる割に仕事が減って危機感を感じていたのと、着る人の顔が見えないことに疑問を持ち始めていました。フリーでやってみようと決め、手探りでホームページを立ち上げて、直接お客様と接するようになって驚いたのは、着物の仕立ての着姿についてのお悩みが多かったこと。今までは寸法通りに綺麗に仕上げることを重視してきましたが、実際は着る人の着姿が大事だと気づいたんです。そこで自分でも着付けを習い、自分をモデルにして着姿の良い仕立てを追求するようになりました。そして初めてお客様の悩みを共有できるようになりました。
和裁士 平山留美さん

和裁士 平山留美さん

 

仕立てにもオーダーメイドがあるということ?

着物仕立ひらやま

着物仕立ひらやま

はい、全く同じ体型でもその人の着方によって仕立てが違ってきます。ですから寸法を測るときに着方も一緒にヒアリングします。シワが寄ったり、もたついたりしない、ぴったりフィットするマイサイズがあるのです。実はマイサイズだと着付けの手も早くて済む。逆にお母様の形見など、サイズが微妙に合っていない着物で着付けを練習すると、変な手のクセがついてしまいます。
そもそも着物の仕立ては「お誂え」といいますよね。これはオーダーメイドという意味ですが、今は仕立てる人が着る人に一度も会わずに出来上がるシステムになっています。過去のことですが、着物がたくさん流通してきて完全分業体制になって、呉服屋さんの番頭さんがちゃんとヒアリングしていた時代はまだ良かったのですが、今はそのような文化が少なくなってしまいました。

 

個人によって着方や柄の出し方に好みがある?

ある程度の決まりはありますが、仕立ての裁ち合わせでデザインが変わってくることもあります。
とくに襟の柄は顔映りに直結するので、色や柄の出し方を慎重に決めていきます。それが事故を防ぎ、満足度を高めることに繋がります。
このようなプロセスを繰り返すうちに、仕立てを綺麗に仕上げることと、綺麗に着れる仕立てをすることとは全く違うんだって実感しましたね。お客様の声を直接聞くことも増えました。ある男性の方に「以前と同じ寸法表で作ったとは思えないほど着やすい」と言われた時は本当に嬉しかったです。ただ作業をしていた時代にはもう戻れないですね。
仕立ての道具

仕立ての道具

 

今は仕立てだけでなく、着付け教室やイベントもされていますよね

ひらやま着付け教室

ひらやま着付け教室

18歳から住み込みで修業をしていたので、和裁の手はかなり早い方だと思いますが、国外に仕事が流れてしまったために一点当たりの市場単価が下がりました。出来高性で受ける仕事ですから儲けが減り、したがって若い担い手が少なくなっています。自分の経済だけではなく、業界としての危機感を感じ、とにかく着物に触れてもらう機会を作ろうと着付け教室を開きました。月1回の着物好きな方へのフリースペース「ひらやま談話室」は、おかげさまで今月で87回を迎えます。裾野が広がれば、市場が活性化する可能性が高まります。海外からの評価によって日本人が着物文化の価値に気づくこともあるかと思っています。

 

市場にはリサイクル着物も出てきていますが?

リサイクルを決して否定はしないですよ。初めは手軽にそういうところから入っていくのも良いと思います。過去の上質なものが出ていることもありますし。
私がフリーで仕事を始めた時、ある大島紬の反物と出会って、理屈じゃなくてただただ感動したんです。触った感じがとても良かった。そしてその作り手の方と話して、良い物は手もかかるから年間に上がる量も少なくて、織れる人が減っている現実も目の当たりにしました。つまり良い反物は永遠に世の中に出続けるわけでは無い。価値が全く違うと思いました。今はそのプロセスを知っていただく体験イベントも提供しています。作り手の方々と着る人とを結ぶことが、伝統を守ることにも繋がります。

 

伝統を継承する担い手ですね

一度途絶えたものを再現するのは本当に難しくて、ノートが残っていても読めないし、人がいなくなったら技が消えてしまって終わりなんですよね。着物が解かれてしまうと作り手の「意匠感」も分からなくなります。
最近はプリンタで柄を染める技術も出てきましたが、そこには人の温もりや、ゆらぎなどの味が無い。工芸士にはそれができます。彼らにしか表現できない世界を「本物」と呼んでも良いのでは無いでしょうか。着て楽しむのが「人」なら、提供するのも「人」の手技が良いような気がします。

 

着物業界全体の将来、可能性について

Webで発信するようになってから思うのですが、今は海外ともオンラインで和裁のレッスンができるかもしれない、と可能性を感じています。先日もドイツ在住の人から日本刺繍したものの仕立てを依頼されました。素晴らしい出来栄えで、世界のどこにいても(100%ではないかもしれませんが)YouTubeなどの動画を活用すればできないものは無いんだと思いました。
前まではアメリカに出張して浴衣の縫い方を教えていましたが、今後はオンラインで授業することも出てくるかもしれませんね。リアルと完全にイコールにはならないですが、オンライン側の技術も上がってくるでしょう。

いま着物は買い手、売り手ともに既成の流通や慣習が見直されつつあり、過渡期とも言えます。どの文化にも共通のことですが、まず触れてみるところからスタートして、中には好きになって深く知りたいと思う人も出てくる。私たちの仕事は「まず触れる」機会をご提供することだと思っています。
良い着物がタンスにしまわれることほどもったいないことは無いです。着れば着るほどつくり手も喜ぶし、着方もどんどん上手になっていきます。回数が増えれば1回あたりの単価も下がります(笑)。その内にちょっと良い着物とか小物に興味が広がって、着物ライフを楽しむことができます。日本人ですから!
hirayama selectshop

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最後にあなたにとって能の魅力とは?

能と聞いただけで敷居が高いように思ったことがありましたが、狂言などは初めて触れるにはクスッと笑いがこぼれるような、わかりやすく楽しめる内容でした。
また演者さんがお召しになっている衣装にも(仕立て屋だからこそ)興味があります。そのように自分で何か興味を持ったものから深く触れていくのも面白いと思います。
例えば能面も表情が無いように思えたものが、いざ劇中で使われていると泣いていたり怒っていたりと、不思議ですが人の手で作られた能面には魂が宿るような・・・。反物を織る人、着物を仕立てる人と何となく通じるものを感じます。

 
 

長い着物の歴史とともに、その業界を支えてきたお仕立て職人の方々。顔が見える和裁士を目指してフリーになった平山さんは、生地を織る作り手とお客様との橋渡し役にもなっていました。完全分業によって美術品としての価値を高めてきた着物ですが、それぞれの職人さんたち、人と人とを繋ぐことでアイディアが生まれる。伝統継承のヒントがそこに在る、と勇気をいただいたお話でした。

 
 


平山留美さんプロフィール

2008年
一級和裁技能士取得
2010年
お客様の顔が見えるフリーの仕立て屋として独立、イベント開始
2016年
アメリカ(フィラデルフィア)にて「浴衣を縫って出かけよう」イベント開催
2008年
和裁技能士会での「匠の技フォーラム」にて実演担当、同技能士会で研究部副部長に就任
2012年
より季刊誌「きもの」でQ&Aを担当

平山留美のきものサロン

https://www.hirayama-sitateya.com/