耳から覚える
2020/06/19
私はおそらく3歳ごろに、能のコーラス「謡曲」に接しています。父のお稽古で、師匠である能楽師の先生が自宅で謡っていらして、障子越しに聞いていたのです。もちろん記憶の外のことですが、大人になってから謡(うたい)の発声に何の抵抗も無く、すんなりと始められたのは、この幼少期の体験があったからではないかと思っています。
今の師匠に弟子入りしてから38年目で師範のお免状をいただいて、人さまにも能や謡の魅力をお伝えできるようになりました。小学生の授業では仕舞や小鼓などの楽器も取り入れています。そこで驚かされるのは、子どもたちの耳の良さ、覚えの早さです。同じように外国人の方々にワークショップで体験していただくと、耳で聴いた音を上手にご自身の声に変換なさっています。
実は私たちの稽古でも、謡本(テキスト)に書かれている節(ふし)を見て謡うより、素直に耳で覚えるのが上達の秘訣だと言われます。たとえば幼い頃から修行している能楽師の子どもたちは、当然ながら古語で書かれた謡本など読むことはできず、何度も何度も師匠の謡を耳で聴いて謡って覚えます。学習法の一つで「声に出して覚える」方法があるようですが、謡の稽古も「耳」と「のど」が主体と言って良いのかもしれません。
私たちはいま情報過多の時代において、目と脳を使い過ぎています。直向きに稽古に臨んだ後に頭がスッキリするのは、脳が休まるからではないかと思っています。